我を名づけて「未生怨」とする。誰かこの名を作す、と。提婆達の言わく、汝未だ生まれざりし時、一切相師みなこの言を作さく、この児生まれ已りて当にその父を殺すべし、と。このゆえに外人みなことごとく、汝を号して「未生怨」とす。一切内の人、汝が心を護るがゆえに、謂うて「善見」とす。毘提夫人この語を聞き已りて、すでに汝を生まんとして、身を高楼の上より、これを地に棄てしに、汝が一の指を壊れり。この因縁をもって、人また汝を号して「婆羅留枝」とす。我これを聞き已りて、心に愁憤を生じてまた汝に向かいてこれを説くことあたわず。提婆達多、かくのごときらの種種の悪事をもって、教えて父を殺せしむ。もし汝が父死せば、我またよく瞿曇沙門を殺せん、と。善見太子、一の大臣に問わく、名づけて「雨行」と曰う。大王何がゆえぞ我が字を立てんとするに「未生怨」と作るや、と。大臣すなわちためにその本末を説く、提婆達の所説のごとくして異なけん。善見聞き已りて、すなわち大臣とともにその父の王を収って、これを城の外に閉ず、四種の兵をもって、これを守衛せしむ。毘提夫人、この事を聞き已りてすなわち王の所に至る。時に王を守りて、人をして遮りて入ることを聴さず。その時に夫人、瞋恚の心を生じて、すなわちこれを呵罵す。時にもろもろの守人、すなわち太子に告ぐらく、大王の夫人、父の王を見んと欲うをば、不審、聴してんや不や、と。善見聞き已りてまた瞋嫌を生じて、すなわち母の所に往きて、前んで母の髪を牽きて、刀を抜きて斫らんとす。その時に耆婆白して言さく、大王、国を有ってより已来、罪極めて重しといえども、女人に及ばず、いわんや所生の母をや、と。善見太子、この語を聞き已りて、耆婆のためのゆえにすなわち放捨して、遮りて大王の衣服・臥具・飲食・湯薬を断つ。七日を過ぎ已るに、王の命すなわち終わりぬと。善見太子、父の喪を見已りて、