p744 / 歎徳文

歎徳文

 それ、親鸞聖人は、浄教西方の先達、真宗末代の明師なり。博覧内外に渉り、修練顕密を兼ぬ。初めには俗典を習いて切瑳す。此は是、伯父業吏部の学窓に在りて、聚螢映雪の苦節を抽ずる所なり。後には円宗に携りて研精す。此は是、貫首鎮和尚の禅房に陪りて、大才諸徳の講敷を聞く所なり。之によりて、十乗三諦の月、観念の秋を送り、百界千如の花、薫修歳を累ぬ。ここに倩出要を窺いて、是の思惟を作さく、「定水を凝らすと雖も識浪頻りに動き、心月を観ずと雖も妄雲猶覆う。しかるに一息追がざれば千載に長く往く、何ぞ浮生の交衆を貪りて、徒に仮名の修学に疲れん。須らく勢利を抛てて直ちに出離を悕うべし」と。しかれども機教相応凡慮明らめ難く、すなわち近くは根本中堂の本尊に対し、遠くは枝末諸方の霊崛に詣でて、解脱の径路を祈り、真実の知識を求む。特に歩を六角の精舎に運びて、百日の懇念を底すの処に、親り告げを五更の孤枕に得て、数行の感涙に咽ぶ間、幸いに黒谷聖人吉水の禅室に臻りて、始めて弥陀覚王浄土の秘扃に入りたまいしよりこのかた、三経の冲微、五祖の奥、一流の宗旨相伝誤つことなく、二門の教相禀承、由有り。是をもちて仰ぐ所は「即得往生住不退転」の誠説、宛も平生業成の安心に住し、憑む所は「歓喜踊躍乃至一念」の流通、此すなわち無上大利の勝徳なり。よって自修の去行をもって、兼て化他の要術と為。時に尊卑多く礼敬の頭を傾け、緇素挙りて崇重の志を斉くす。就中に一代蔵を披きて経・律・論・釈の簡要を擢でて、