頭を擧げ已れば彼の國に在ることを明す。
六に「蓮華尋開」よりは、正しく第十門の中の、彼に到りて華開く遲疾の不同を明す。
七に「當華敷時」より下「八解脱」に至る已來は、正しく第十一門の中の、華開已後の得益の不同を明す。即ち其の三有り。一には寶華尋ち發くことを明す。此れ戒行精強なるに由るが故なり。二には法音同じく四諦の德を讚ずることを明す。三には彼に到りて四諦を説くを聞きて、即ち羅漢の果を獲ることを明す。「羅漢」と言ふは、此には無生と云ふ、亦無著と云ふ。因亡ずるが故に無生なり、果喪するが故に無著なり。「三明」と言ふは、宿命明・天眼明・漏盡明なり。「八解脱」と言ふは、内有色・外觀色は一の解脱なり、内無色・外觀色は二の解脱なり、不淨相は三の解脱なり、四空及び滅盡と、總じて八を成ず。
八に「是名」より已下は、總じて結す。
上來八句の不同有りと雖も、廣く中品上生を解し竟んぬ。
[中品中生釋]
次に中品中生の位の中に就て、亦先づ擧げ、次に辨じ、後に結す。即ち其の七有り。
一に「中品中生者」よりは、總じて行の名を擧げて其の位を辨定す。即ち是小乘下善の凡夫人なり。
二に「若有衆生」より下「威儀無缺」に至る已來は、正しく第五・六・七門の中の簡機・時分・受法等の不同を明す。即ち其の三有り。一には八戒齋を受持することを明す。二には沙彌戒を受持することを明す。三には具足戒を受持することを明す。此の三品の戒は、皆同じく一日一夜なり。淸淨にして犯すこと無く、乃至輕罪までも極重の過を犯すが如くし、三業の威儀に失有らしめず。此れ即ち上の第二の福に合す。應に知るべし。
三に「以此功德」より已下は、正しく所修の業を回して所求の處に向かふことを明す。
四に「戒香熏修」より下「七寶池中」に至る已來は、正しく第九門の中の、行者の終る時、聖來りて迎接したまふと、去時の遲疾を明す。即ち其の八有り。一には命延久しからざることを明す。