万善諸行の小路なり。「四五寸」と言うは、衆生の四大・五陰に喩うるなり。


「能生清浄願心」と言うは、金剛の真心を獲得するなり。本願力回向の大信心海なるがゆえに、破壊すべからず。これを「金剛のごとし」と喩うるなり。


『観経義』
(玄義分)に、道俗時衆等、おのおの無上心を発せども、生死ははなはだ厭いがたく、仏法また欣いがたし。共に金剛の志を発して、横に四流を超断せよ。正しく金剛心を受け、一念に相応して後、果、涅槃を得ん者と云えり。
抄要

(序分義)また云わく、真心徹到して、苦の娑婆を厭い、楽の無為を欣いて、永く常楽に帰すべし。ただし無為の境、軽爾としてすなわち階うべからず。苦悩の娑婆、輙然として離るることを得るに由なし。金剛の志を発すにあらずよりは、永く生死の元を絶たんや。もし親り慈尊に従いたてまつらずは、何ぞよくこの永き歎きを勉れん、と。

(定善義)また云わく、「金剛」と言うは、すなわちこれ無漏の体なり。
已上