各々無上の心を發して、淨土に生ぜんと求むることを明す。
六に「世尊悉記」より已下は、正しく侍女尊記を蒙ることを得て、皆彼國に生じて、即ち現前三昧を獲ることを明す。
七に「無量諸天」より已下は、正しく前の厭苦の縁の中に、釋・梵・護世の諸天等、佛に從ひて王宮にして空に臨みて法を聽くことを明す。或は釋迦毫光の轉變を見、或は彌陀金色の靈儀を見、或は九品往生の殊異を聞き、或は定散兩門倶に攝することを聞き、或は善惡の行齊しく歸することを聞き、或は西方淨土目に對して遠きに非ざることを聞き、或は一生專精に志を決すれば、永く生死と流を分つことを聞く。此等の諸天、既に如來の廣く希奇の益を説きたまふを聞きて、各々無上の心を發す。斯れ乃ち佛は是聖中の極なり、語を發したまへば經と成る。凡惑の類、飡を蒙りて能く之を聞きて益を獲しむ。
上來七句の不同有りと雖も、廣く得益分を解し竟んぬ。
[流通分]
四に次に流通分を明さば、中に於て二有り。一には王宮の流通を明す。二には耆闍の流通を明す。
今先づ王宮の流通分の中に就て即ち其の七有り。
一に「爾時阿難」より已下は、正しく請發の由を明す。
二に「佛告阿難」より已下は、正しく如來依正を雙べ標し、以て經の名を立し、又能く經に依て行を起せば、三障の雲自づから卷くことを明し、前の初の問の「云何名此經」の一句に答ふ。
三に「汝當受持」より已下は、前の後の問の「云何受持」の一句に答ふ。
四に「行此三昧者」より下「何況憶念」に至る已來は、正しく比挍して勝を顯し、人を勸めて奉行せしむることを明す。即ち其の四有り。一には總じて定善を標して以て三昧の名を立つることを明す。二には觀に依て修行して、即ち三身を見る益を明す。三には重ねて能く敎を行ずる機を拳ぐることを明す。四には正しく比挍顯勝して、但三身の號を聞くに、尚多劫の罪
を滅す、何に況や正念に歸依して證を獲ざらんやといふことを明す。