佛本何が故ぞ此の願を起したまふと。有る軟心の菩薩を見そなはすに、但有佛の國土の修行を樂て慈悲堅牢の心无し。是の故に願を興したまへり。願は我成佛せむ時、我が土の菩薩は皆慈悲勇猛堅固にして、志願して能く淸淨の土を捨て他方の佛・法・僧无しまさぬ處に至て、佛・法・僧の寶を住持し莊嚴して示すこと佛の有しますが如くして佛種をして處處に斷たざらしめむと。是の故に「何等世界无佛法功德寶我願皆往生示佛法如佛」と言たまへり。菩薩の四種莊嚴功德成就を觀ずること之れ上に訖ぬ。

次に下の四句は是れ廻向門なり。
我作論説偈 願見彌陀佛 普共諸衆生 往生安樂國
此の四句は是論主の廻向門なり。廻向は己れが功德を廻して普く衆生に施して共に阿彌陀如來を見たてまつり安樂國に生となり。
无量壽修多羅の章句、我れ偈誦を以て惣て説き竟ぬ。
問曰。天親菩薩の廻向の章の中に「普共諸衆生往生安樂國」と言たまへるは、此は何等の衆生を共と指たまふや。答曰。王舍城所説の『无量壽經』(卷下)を案ずるに「佛、阿難に告げたまはく。十方恒河沙の諸佛如來、皆共に无量壽佛の威神功德不可思議なるを稱嘆したまふ。諸有の衆生、其の名號を聞て信心歡喜せむこと乃至一念せむ、心を至し廻向したまへり、彼の國に生まれんと願ずれば即ち往生を得て不退轉に住せむと。唯五逆と誹謗正法を除く」と。此を案じて言く、一切外道凡夫人、皆往生を得む。又『觀无量壽經』の如きは九品の往生有り。「下下品の生は、或は衆生有て不善業たる五逆・十惡を作り、