問て曰く。彌陀の淨國既に位上下を該ね凡聖を問ふこと無く皆通じて往くと云はば、未だ知らず唯無相を脩して生ずることを得るや、爲は當た凡夫の有相も亦生ずることを得るや。答て曰く。凡夫は智淺くして多く相に依て求むるに決して往生することを得。然るに相善は力微なるを以て但相土に生じて唯報化の佛を覩る。是の故に『觀佛三昧經』(卷九意)の菩薩本行品に云く。「文殊師利、佛に白して言さく。當に知るべし、我過去無量劫數に凡夫爲りし時を念ふに、彼の世に佛有ましき、寶威德上王如來と名く。彼の佛出でたまひし時今と異なること無し。彼の佛亦長丈六、身紫金色にして三乘の法を説きたまふこと釋迦文の如し。爾の時彼の國に大長者有り、一切施と名く。長者に子有り、名けて戒護と曰ふ。子母胎に在りし時、母敬信を以ての故に預して其の子の爲に三歸依を受く。子既に生じ已りて年八歳に至るに、父母佛を請じ家に於て供養したてまつる。童子佛を見たてまつりて佛の爲に禮を作す。佛を敬ふ心重くして目暫くも捨てず。一たび佛を見たてまつるが故に即ち百萬億那由他劫の生死の罪を除卻することを得。是より以後常に淨土に生じて即ち百億那由他恆河沙の佛に値遇したてまつることを得たり。是の諸の世尊亦相好を以て衆生を度脱したまふ。爾の時童子一一に親しく侍へて間に空しく缺くること無し。禮拜し供養し合掌して佛を觀たてまつる。因縁力を以ての故に復百万阿僧祇の佛に値遇したてまつることを得。彼の諸佛等も亦色身相好を以て衆生を化度したまふ。是より以後即ち百千億の念佛三昧門を得、復阿僧祇の陀羅尼門を得たり。既に此を得已りて諸佛現前して乃ち爲に無相の法を説きたまふ。須臾の間に首楞嚴三昧を得。時に彼の童子、但三歸を受けて一び佛を禮する故に、諦かに佛身を觀じて心に疲厭無し。此の因縁に由て無數の佛に値ふ、何に況や念を繋けて具足し思惟して佛の色身を觀ぜんをや。時に彼の童子豈異人ならんや。是我が身なりと。爾の時世尊文殊を讚じて言はく。