「女人及び根缺・二乘の種は生ぜず」と云へるや。今彼の國の中現に二乘有り、斯の如きの論敎、若爲が消釋せん。答て曰く。子但其の文を誦して理を闚はず、況や加ふるに封拙を以てし迷を懷きて、啓悟するに由無し。今佛敎を引きて以て明證と爲し汝が疑情を郤けん。何となれば、即ち『觀經』下輩の三人是なり。何を以てか知ることを得る。下品上生に云ふが如し。或は衆生有りて、多く惡法を造りて慙愧有ること無し。此の如き愚人、命終らんと欲する時、善知識の爲に大乘を説き、敎へて阿彌陀佛を稱せしむるに遇はん。佛を稱する時に當りて、化佛・菩薩現じて其の前に在ます。金光華盇迎へて彼の土に還る。華開已後、觀音爲に大乘を説きたまふ。此の人聞き已りて即ち無上道心を發す。 問て曰く。種と心と何の差別か有る。答て曰く。但以便を取て言ふのみ、義は差別無し。華開の時に當りて、此の人身器淸淨にして正しく法を聞くに堪へたり。亦大小を簡ばず、但使聞くことを得て即便ち信を生ず。是を以て觀音爲に小を説かず、先づ爲に大を説きたまふ。大を聞きて歡喜して即ち無上道心を發す。即ち大乘種生と名け、亦大乘心生と名く。又華開く時に當りて、觀音先づ爲に小乘を説きたまはば、小を聞きて信を生ぜん。即ち二乘種生と名け、亦二乘心生と名けん。此の品既に爾なり、下の二も亦然なり。此の三品の人は倶に彼に在りて發心す。正しく大を聞くに由て即ち大乘種生ず。小を聞かざるに由るが故に所以に二乘種生ぜず。凡そ種と言ふは即ち是其の心なり。
上來二乘種不生の義を解し竟んぬ。女人及び根缺の義は、彼に無きが故に、知るべし。又十方の衆生小乘の戒行を修して往生を願ずる者、一も妨礙無し、悉く往生を得。但彼に到りて先づ小果を證す、證し已りて即ち轉じて大に向ふ。一び轉じて大に向ひて以去、更に退して二乘の心を生ぜず。故に二乘種不生と名く。前の解は不定の始に就き