今既に佛を見て、耻愧の情深くして、鉤帶に依らずして、頓に自ら掣き卻く。故に「自絶」と云ふ。 「擧身投地」と言ふは、此れ夫人内心感結して怨苦堪へ難し、是を以て坐せるより身を踊らして立ち、立せるより身を踊らして地に投ぐることを明す。此れ乃ち歎恨處深くして、更に禮拜威儀を事とせざるなり。「號泣向佛」と言ふは、此れ夫人佛前に婉轉して、悶絶號哭することを明す。「白佛」と言ふ已下は、此れ夫人婉轉涕哭すること量久しくして、少しく惺めて始めて身の威儀を正しくして、合掌して佛に白すことを明す。我一生より已來未だ曾て其の大罪を造らず。未審し、宿業の因縁、何の殃咎有りてか、此の兒と共に母子と爲ると。此れ夫人既に自ら障深くして宿因を識らず。今兒に害を被むるに、是橫に來れりと謂へり。願はくは佛の慈悲我に徑路を示したまへといふことを明す。「世尊復有何等因縁」と言ふ已下は、此れ夫人佛に向かひて陳訴す。我は是凡夫、罪惑盡きずして、斯の惡報有り、是の事心に甘んず。世尊は曠劫より道を行じて正・習倶に亡じ、衆智朗然として果圓かなれば佛と號す。未審し、何の因縁有りてか、乃ち提婆と共に眷屬と爲りたまふといふことを明す。此の意二有り。一には夫人怨を子に致す、忽に父母に於て狂して逆心を起すことを明す。二には又恨むらくは提婆我が闍世を敎へて斯の惡計を造らしむ。若し提婆に因らずば、我が兒終に此の意無からむといふことを明す。此の因縁の爲の故に、斯の問を致す。又夫人佛に問ひて「與提婆眷屬」と云ふは、即ち其の二有り。一には在家の眷屬、二には出家の眷屬なり。在家と言ふは、佛の伯叔其の四人有り。佛は即ち是白淨王の兒、金毗は白飯王の兒、提婆は斛飯王の兒、釋魔男は是甘露飯王の兒なり。此を在家の外眷屬と名く。出家の眷屬と言ふは、佛の與に弟子と作る、故に内眷屬と名く。
上來四句の不同有りと雖も、廣く厭苦の縁を明し竟んぬ。