我もまたかくのごとくせん」と想えとなり。二には真実心の中に自他凡聖等の善を懃修すべしと。真実心の中の口業にかの阿弥陀仏および依正二報を讃嘆すべし。また真実心の中の口業に三界六道等の自他の依正二報苦悪の事を毀厭し、また一切衆生三業所為の善を讃嘆すべし。もし善業にあらずは敬うてこれを遠ざかれ、また随喜せざれとなり。また真実心の中の身業に合掌し礼敬して四事等をしてかの阿弥陀仏および依正二報を供養したてまつれ。また真実心の中の身業にこの生死三界等の自他の依正二報を軽慢し厭捨すべし。また真実心の中の意業にかの阿弥陀仏および依正二報を思想し観察し憶念して目の前に現ぜるがごとくすべし。また真実心の中の意業にこの生死三界等の自他の依正二報を軽賎し厭捨すべしとなり。」文
一者至誠心というは、至とは真なり。誠とは実なり。すなわち真実なり。
真実に二種あり。
一には自利真実なり。
難行道 聖道門
竪超 即身是仏
即身成仏 自力なり。
竪出 自力中の漸教
歴劫修行なり。
二には利他真実なり。
易行道 浄土門