此は是何人ぞや。左右太子に答へて言く。此は是尊者提婆なり。太子聞き已りて心大に歡喜し、遂に即ち手を擧げて喚びて言く。尊者何ぞ下り來らざる。提婆既に喚ぶことを見已りて、即ち化して嬰兒と作り、直に太子の膝の上に向ふ。太子即ち抱き、口を鳴らして之を弄び、又口中に唾はく。嬰兒遂に之を咽む。須臾にして本身に還復しぬ。太子既に提婆が種種の神變を見轉た敬重を加ふ。既に太子の心敬重せるを見已りて、即ち父の王の供養の因縁を説く。色別に五百乘の車に載せて、佛の所に向ひて佛及び僧に奉ると。太子聞き已りて即ち尊者に語る。弟子亦能く備に色各五百車を具して、尊者に供養し、及び衆僧に施さんこと、彼の如くならざるべけんや。提婆言く。太子、此の意大に善しと。此より已後大に供養を得、心轉た高慢なり。譬へば杖を以て惡狗の鼻を打つに轉た狗の惡を增すが如し。此も亦是くの如し。太子今や利養の杖を將て提婆が貪心の狗の鼻を打つに、轉た惡を加ふること盛なり。此に因て僧を破し、佛法の戒を改めて、敎戒不同なり。佛普く凡聖大衆の爲に説法したまふ時を待ちて、即ち會中に來りて佛に從ひ、徒衆并びに諸の法藏を盡く我に付囑せんことを索して、世尊は年將に老邁したまへり、宜しく靜に就て内に自ら將養したまふべしと。一切の大衆提婆が此の語を聞きて、愕爾として迭互に相看て甚だ驚怪を生ず。爾の時世尊、即ち大衆に對して提婆に語りて言く。舍利・目連等の即ち大法將なるすら、我尚佛法を將て付囑せず。況や汝癡人、唾を食へる者をやと。時に提婆佛の衆に對して毀辱したまふを聞き、由し毒箭の心に入るが如し、更に癡狂の意を發す。此の因縁に藉りて即ち太子の所に向ひて、共に惡計を論ず。太子既に尊者を見て、敬心もて承問して言く。尊者、今日顏色憔悴せり、往昔に同じからずと。提婆答て曰く。我今憔悴することは、正しく太子の爲なりと。太子敬ひて問はまく。尊者、我が爲に何の意か有るや。