即ち寶物を以て比丘の上に散ず。又衣服を持ちて以て之を供養す。王千人と比丘の所にして出家して是の念佛三昧を學せんことを求めて、常に千人とともに其の師に承事す。八千歳を經て日夜に懈ること無し。唯一度是の念佛三昧を聞くことを得て、即ち高明智に入り、卻きて後更に六万八千の諸佛を見たてまつる。一一の佛所にして、皆是の念佛三昧を聞きて、佛果を成ずることを得たり。佛言はく。若し人百里・千里・四千里なるも、是の念佛三昧を聞かんと欲はば、必ず往いて之を求むべし。何に況や近くして求學せざらん者をや」と。又白す。諸の往生人等、上來所引の佛敎、以て明證と爲す者なり。一一は具に四事供養功德品の中に説くが如し。

問て曰く。佛敎に准依して、精勤苦行して、日夜六時に、禮念・行道・觀想・轉誦し、齋戒一心にして生死を厭患し、三塗の苦を畏れ此の一形を畢へて、淨土の彌陀佛國に生ぜんと誓はん者、又恐らくは殘殃盡きずして、現に十惡と相應せん。斯の障有りと覺らば、云何してか除滅すべき。具に佛經を引きて其の方法を示せ。答て曰く。佛經に依て答ふれば、即ち『觀佛三昧海經』(卷二意)に説くが如し。「佛父王及び諸の大衆の爲に説きたまふ。過去に佛有ましき、名けて空王と曰ふ。像法住世の時、四比丘有り、破戒犯重なり。時に空王佛、夜の空中に於て、聲を出して四比丘に告げて言はく。汝の所犯をば不可救と名く。罪を滅せんと欲せば、我が塔の中に入りて我が形像を觀て、至心に懺悔すべし、此の罪を滅すべしと。時に四比丘万事倶に捨て、一心に敎を奉じて、塔に入りて佛像の前にして、自ら撲ち懺悔すること大山の崩るるが如し。地に婉轉して號哭して、佛に向ひて日夜相續して死に至るを期と爲す。捨命以後空王佛の國に生ずることを得たり。今此の經を以て證す。行者等懺悔せんと欲せん時、亦此の經法門に依れ。