此の二句は莊嚴上首功德成就と名く。佛本何が故ぞ此の願を起したまふ。有る如來を見そなはすに、衆の中に或は強梁の者有り、提婆達多の流比の如し。或は國王と佛と並に治て甚だ佛に推ることを知らざる有り、或は佛を請じて他縁を以て廢忘すること有り。是の如き等の上首の力成就せざるに似たる有り。是の故に願じて言たまはく。「我れ佛たらむ時、願は一切大衆、能生の心无くして、敢て我と等しからむ、唯一り法王として更に俗王无らむと。是の故に「如須彌山王勝妙无過者」と言たまへり。
天人丈夫衆 恭敬繞瞻仰
此の二句は莊嚴主功德成就と名く。佛本何が故ぞ此の莊嚴を起したまふと。有る佛如來を見つるに、大衆有りと雖も、衆の中に亦甚だ恭敬せざる有り。一の比丘釋迦牟尼佛に語らはく、若し我ために十四の難を解せずば、我れ當に更に餘道を學くせむといひしが如く。亦居迦離、舍利弗を謗じて佛三たび語るにに三たび受けざりしが如し。又諸の外道の輩、假に佛衆に入りて常に佛の短を伺ひ求めしが如し。又第六天の魔、常に佛所に於して諸の留難をなししが如し。是の如き等の種種の恭敬せざる相有り。是の故に願じて言まはく。我れ成佛せむに、天人大衆恭敬して倦こと无らしめむ。所以但天人と言ふは、淨土には女人及び八部鬼神无きが故なり。是の故に「天人丈夫衆恭敬繞瞻仰」と言たまへり。
觀佛本願力 遇无空過者 能令速滿足 功德大寶海
此の四句は莊嚴不虚作住持功德成就と名く。佛本何が故ぞ此の莊嚴を起したまふと。有る如來を見そなはすに、但聲聞を以て僧と爲す、佛道を求むる者无し。或は佛に値ひとも三塗を勉れざる有り。善星・提婆達多・居迦離等是なり。