正しく第九門の中の、終時に善惡來迎することを明す。即ち其の九有り。一には罪人の命延久しからざることを明す。二には獄火來現することを明す。三には正しく火現ずる時、善知識に遇ふことを明す。四には善人爲に彌陀の功德を説くことを明す。五には罪人既に彌陀の名號を聞きて、即ち罪を除くこと多劫なることを明す。六には既に罪滅を蒙りて、火變じて風と爲ることを明す。七には天華風に隨ひて來應して、目の前に羅列することを明す。八には化衆來迎することを明す。九には去時の遲疾を明す。
五に「七寶池中」より下「六劫」に至る已來は、正しく第十門の中の、彼に到りて華開くる時節の不同を明す。
六に「蓮華乃敷」より下「發無上道心」に至る已來は、正しく第十一門の中の華開已後の得益に異有ることを明す。即ち其の三有り。一には華既に開き已りて、觀音等梵聲もて安慰することを明す。二には爲に甚深の妙典を説くことを明す。三には行者領解し發心することを明す。
七に「是名」より已下は、總じて結す。
上來七句の不同有りと雖も、廣く下品中生を解し竟んぬ。
[下品下生釋]
次に下品下生の位の中に就て、亦先づ擧げ、次に辨じ、後に結す。即ち其の七有り。
一に「佛告阿難」より已下は、總じて告命を明す。
二に「下品下生者」よりは、正しく其の位を辨定することを明す。即ち是具に五逆等を造れる重罪の凡夫人なり。
三に「或有衆生」より下「受苦無窮」に至る已來は、正しく第五・第六門の中の、簡機造惡との輕重の相を明す。即ち其の七有り。一には造惡の機を明す。二には總じて不善の名を擧ぐることを明す。三には罪の輕重を簡ぶことを明す。四には總じて衆惡を結して、智人の業に非ずといふことを明す。五には惡を造ること既に多ければ、罪亦輕きに非ざることを明す。六には業として其の報を受けざるは非ず、因として其の果を受けざるは非ずといふことを明す、因業既に是樂に非ず、果報焉ぞ能く苦ならざらん。七には造惡の因既に具して、酬報の劫未だ窮まらざることを明す。