一切の諸佛と其の事同一なり。應化身 又一一の相好は凡聖其の邊を得ず、梵天も其の頂を見ず、目連も其の聲を窮めず、無形第一の體なり。莊嚴に非ずして莊嚴す。十力・四无畏・三念住・大悲・八万四千の三昧門・八万四千の波羅密門・恒沙塵數の法門、究竟圓滿したまへり。一切の諸佛と其の意同一なり。報身 微妙の淨法身に、諸の相好を具足したまへり。一一の相好は即ち是實相なり。實相は法界なれば、具足して減ずること无し。生ぜず滅せず、去來も无し。一ならず異ならず、斷・常にも非ず。有爲・無爲の諸の功德は、此の法身に依て常に淸淨なり。一切の諸佛と其の躰同一なり。法身 是の故に三世十方の諸佛の三身、普門塵數の無量の法門、佛衆の法海、圓融の万德、凡そ无盡の法界は備りて彌陀の一身に在り。縱ならず橫ならず、亦一に非ず異にも非ず。實に非ず虚に非ず、亦有無にも非ず。本性淸淨にして心言の路絶えたり。譬へば如意珠の中には、寶有るにも非ず寶无きにも非ざるが如し。佛身の万德も亦復是の如し。又陰入界に即して名けて如來と爲すにも非ず。彼の諸の衆生は皆悉く之有るが故に、陰入界を離れて名けて如來と爲すにも非ず。之に離るれば則ち是无因縁の法なるが故に。即にも非ず亦離にも非ず、寂靜にして但名のみ有り。是の故に當に知るべし、所觀の衆相は、即ち是三身即一の相好光明なり、諸佛同躰の相好光明なり、万德圓融の相好光明なることを。色は即ち是空なるが故に、之を眞如實相と謂ひ、空は即ち是色なるが故に、之を相好光明と謂ふ。一色一香、中道にあらずといふこと无し。受・想・行・識も、亦復是の如し。我が所有の三惡道と、彌陀佛の萬德とは、本來空寂にして、一體无碍なり。願はくは我佛を得て、聖法王に齊しからん。已上『觀經』『心地觀經』『金光明經』『念佛三昧經』『般若經』『止觀』等の意に依る