其の亂風は、亦世間の風に非ず、亦復天上の風にも非ず。是の亂風は、都て八方・上下の衆風の中の自然爲り、都て相合會して共に化生するのみ。其の亂風亦大寒ならず、亦大温ならず、常に和調中適なり、其の涼好なること比無し。亂風徐に起りて、亦遲からず亦疾からず、適に中宜を得たり。國中の七寶樹を吹くに、七寶樹皆復自ら五の音聲を作す。亂風華を吹きて悉く其の國中に覆蓋すれば、華皆自ら無量淸淨佛及び諸の菩薩・阿羅漢の上に散じて、華適に地に墮つ。華皆厚さ四寸なり、極めて自ら軟かくして好きこと比無し。華小しく萎めば則ち自然の亂風吹きて、萎める華悉く自然に去る。則ち復四方より、復自然の亂風起りて、七寶樹を吹けば、七寶樹皆復自ら五の音聲を作す。亂風華を吹きて、悉く復自然に無量淸淨佛及び諸の菩薩・阿羅漢の上に散じ、華地に墮つれば則ち自然の亂風復吹きて萎める華悉く自然に去る。則ち復四方より自然の亂風起りて七寶樹の華を吹く。是の如くする者四反なり。諸の菩薩・阿羅漢の中に。但經を聞かんと欲する者有り、中に但音樂の聲を聞かんと欲する者有り、中に但華香を聞かんと欲する者有り。中に經を聞くことを欲せざる者有り。中に五音を聞くことを欲せざる者有り。中に華香を聞くことを欲せざる者有り。其の聞かんと欲する所の者は輒則ち獨り之を聞き、其の聞くことを欲せざる所の者は了に獨り聞かず。則ち皆自然に意の所欲在るに隨ひて憙樂し、其の心中の欲願する所に違はざるなり。無量淸淨佛及び諸の菩薩・阿羅漢、皆浴し訖已れば各々自ら去る。其の諸の菩薩・阿羅漢、各々自ら行道す。中に地に在りて經を講ずる者有り、中に地に在りて經を誦する者有り、中に地に在りて經を説く者有り、中に地に在りて口づから經を受くる者有り、中に地に在りて經を聽く者有り、中に地に在りて經を念ずる者有り、中に地に在りて道を思ふ者有り、中に地に在りて坐禪一心なる者有り、中に地に在りて經行する者有り、中に虚空の中に在りて經を講ずる者有り、中に虚空の中に在りて經を誦する者有り、中に虚空の中に在りて經を説く者有り、中に虚空の中に在りて口づから經を受くる者有り、中に虚空の中に在りて經を聽く者有り、中に虚空の中に在りて經を念ずる者有り、中に虚空の中に在りて道を思念する者有り、中に虚空の中に在りて坐禪一心なる者有り、中に虚空の中に在りて經行する者有り。中に未だ須陀洹道を得ざる者有れば則ち須陀洹道を得、