憂思適に等し。屏營愁苦して、念を累ね思慮して、之が爲に走使せられ安き時有ること無し。田有れば田に憂へ、宅有れば宅に憂へ、牛有れば牛に憂へ、馬有れば馬に憂ふ、六畜有れば六畜にに憂へ、奴婢有れば奴婢に憂ふ。衣被・錢財・金銀・寶物、復共に之にに憂ふ。思を重ね息を累ね、憂念して愁恐を懷く。横に非常の水火・盜賊・怨家・債主の爲に、漂燒せられ、唐突として沒溺に繋がれて、憂毒怔忪として解くる時有ること無し。憤を結びて心中に氣を慉め毒怒して病胸腹に在り、憂苦離れず。心堅く意固くして、適に縱に捨つること無し。或は摧藏に坐せられて、身命を終へ亡す。之を棄捐し去れば誰も隨ふ者莫し。尊貴・豪富にも此の憂懼有り。勤苦此の若し。衆の寒熱を結びて痛みと共に居す。小家貧者は窮困乏無なり。田無ければ亦憂へて田有らんことを欲し、宅無ければ亦憂へて宅有らんことを欲し、牛無ければ亦憂へて牛有らんことを欲し、馬無ければ亦憂へて馬有らんことを欲し、六畜無ければ亦憂へて六畜有らんことを欲し、奴婢無ければ亦憂へて奴婢有らんことを欲し、衣被・錢財・什物・飯食の屬無ければ亦憂へて之有らんことを欲す。適々一有れば一少き、是有れば是を少く、有ること齊等ならんことを思ふ。適々小しく具へ有てば便ち復儩盡す。是の如きの苦生ず。當に復求索し思想すれども益無かるべし。時として得ること能はず、身心倶に勞して坐起安からず、憂念相隨ひて勤苦すること此の若し。心を焦し恚恨を離れずして獨り怒る。亦衆の寒熱を結びて痛と共に居す。或時は之に坐して身を終へ命を夭ふも、亦肯て善を作し道を爲さず。壽命盡きて死すれば、皆當に獨り遠く去るべし。趣向する所の善惡の道有るも、能く知る者莫し。或時は世人、父子・兄弟・夫婦・家室・中外・親屬、天地の間に居して當に相敬愛すべし、當に相憎むべからず。有無當に相給與すべし、當に貪ること有るべからず。言色當に和して相違戻すること莫るべし。或は儻し心に爭ひて恚怒する所有らば、今世の恨の意は微しく相嫉憎すれども、後世には轉た劇しくして大なる怨と成るに至る。所以は何ん、今世の事、更に相患害せんと欲して時に臨みて急に相破して之を殺すべからずと雖も、愁毒して憤を精神に結び、自然に剋識して相離るることを得ず。皆當に對ひに相生じ、値ひて更相報復すべし。人世間愛欲の中に在りて、獨り來り獨り去る、死生して當に行いて苦樂の處に至り趣くべし。身自ら之に當りて代る者有ること無し。善惡變化し殃咎處を異にす。宿豫嚴待して當に獨り昇入すべし。遠く他處に到れば能く見る者莫し、去りて何れの所にか在る。善惡自然に追逐して往き生ず、窈窈冥冥として別離久長なり、