是の人百年を滿ち已りて、佛に白して言さく。先に寄したてまつりし滴水、今請ふ、我に還したまへと。爾の時佛一分の毛端を以て、大海の内に就き、本の水の滴を霑し用て是の人に還したまふ」と。略抄 『六波羅蜜經』(卷七)に云く。「是の如き四州、及び諸の山王を用て紙素と爲し、八大海の水を、以て其の墨と爲し、一切の草木を用て其の筆と爲して、一切の人天の一劫に書寫せんを、舎利弗の所得の智惠に比べんに、十六分の中に、其の一にも及ばず。又此の三千大千世界に於ける、其の中の衆の生所有智惠をして、舎利弗の如く、等しくして異有ること无からしめんに、菩薩の了達せる布施波羅蜜多の所有智惠は、彼に過ぎたること百倍なり。又此の三千大千世界の所有衆生をして皆布施波羅蜜多の智惠を具せしめんに、一の菩薩所得の淨戒波羅蜜多の智惠に及ばず。乃至般若も亦復是の如し。又此の三千大千世界の所有衆生をして、皆六波羅蜜の智惠を具せしめんに、一の初地の菩薩の智惠に及ばず。乃至十地まで展轉して是の如し。又此の十地の菩薩の智惠を汝慈氏の一生補處の菩薩の智惠に比べんに、百千分の中に其の一にも及ばず。此の三千大千世界の一切衆生の、所有智惠をして皆慈氏の如くして、等しくして異有ること无からしめんに、是の如き菩薩の、道場に坐して魔怨を降伏し、將に正覺を成ぜんとするに、所有智惠は、佛の智惠に於ける百千万分の其の一にも及ばず」と。『寶積經』(卷四六)に云く。「假使ひ十方の无量无邊の一切世界の所有衆生をして、皆悉く繋屬一生補處の菩薩の智惠を成就せしめんに、如來の十力の一の處非處智に比べんと欲するに、百千万分の其一にも及ばず。乃至 烏波尼沙陀分の其の一にも及ばず。乃至算數譬喩も及ぶこと能はざる所なり」と。『華嚴經』(唐譯卷六)の偈に言く。「如來の甚深の智は普く法界に入り、能く三世に隨ひて轉じて世の與に明道と爲る」と。