乃ち王氏に敎へて、此の一偈を誦へしめ、之に謂ひて曰く、此の偈を誦へ得ば能く地獄を排ひてんと。王氏遂に入りて、閻羅王に見ゆ。王此の人に問ふ、功德有りやと。答て云く。唯一の四句の偈を受持すと。具に上の如くに説く。王遂に放勉す。此の偈を誦するの時に當りて、聲の及べる所處に苦を受けし人は、皆解脱を得たり。王氏三日にして始めて蘇り、此の偈を憶持して諸の沙門に向ひて之を説く。偈の文を示驗するに、方に知んぬ、是華嚴經の第十二卷の夜摩天宮、无量諸菩薩雲集説法品なり。王氏自ら空觀寺の僧定法師に向ひて、説きて然なりと云ふ」と。略抄
[七、念佛利益 彌陀別益]
第五に彌陀の別益とは、行者をして其の心を決定せしめんが爲の故に別に之を明かす。 滅罪生善・冥得護念・現身見佛・將來勝利は次の如し。『觀經』の像想觀に云く。「是の觀を作す者は、无量億劫の生死の罪を除き、現身の中に於て念佛三昧を得ん」と。又(觀經)云く。「但佛の名と二菩薩の名を聞くすら无量劫の生死の罪を除く、何に況や憶念せんをや」と。又(觀經)云く。「但佛像を想ふすら无量の福を得、況や復佛の具足せる身相を觀ぜんをや」と。『阿彌陀思惟經』(陀羅尼集經卷一一)に云く。「若し轉輪王の千万歳の中、四天下に滿てらん七寶もて、十方の諸佛に布施せんも、苾蒭・苾蒭尼・優婆塞・優婆夷等の、一彈指の頃も坐禪し、平等の心を以て一切の衆生を憐愍して、阿彌陀佛を念ぜん功德には如かず」と。已上滅罪生善 『稱讃淨土經』に云く。「或は善男子或は善女人、无量壽の極樂世界、淸淨佛土の功德莊嚴に於て、若しは已に發願し、若しは當に發願し、若しは今發願せんに、必ず是の如く十方面に住したまへる十兢伽沙の諸佛世尊の攝受したまふ所と爲る。説の如く行ぜん者は、一切定んで阿耨菩提に於て退轉せざることを得、一切定んで无量壽佛の極樂世界に生ぜん」と。