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年表

凡例
一 この年表は、親鸞聖人誕生(1173)から、蓮如上人歿(1499)までの、浄土真宗の教学の流れを概観する略年譜である。本聖典の底本・対校本に用いた聖教の書写年時等を含めて、聖教関係の記事を中心に、主要な教学関係の事項と、顕著な歴史事項に限定して記載した。
一 表記には敬称を略した。
一 真宗以外の事項は二字下げにした。
一 同年に事項が重なるばあい、日にち順とし、日にち不詳のものは最後においた。
一 自撰の著作の書写は、「転写」と表記した。
西暦  和暦  親鸞年齢 事項
1173 承安3 1 親鸞誕生。
1175 安元1 3   源空、専修念仏義を唱える。
1180 治承4 8   平氏、東大寺・興福寺を焼く。
1181 養和1 9 親鸞、慈円のもとで出家。
1182 寿永1 10 恵信尼誕生。
1186 文治2 14   大原談義。
1187 文治3 15   栄西人宋。
1191 建久2 19   栄西帰国し、臨済宗を伝える。
1192 建久3 20   源頼朝、征夷大将軍となる。
1198 建久9 26   源空、『選択本願念仏集』撰述。(建久8・元久1説もあり。)
  栄西、『興禅護国論』撰述。
1200 正治2 28   幕府、念仏宗を禁止。
1201 建仁1 29 親鸞、これまで堂僧を勤めた延暦寺を出て、六角堂に参籠、聖徳太子の夢告により源空の門に入る。
1204 元久1 32   源空、門弟を戒め、七箇条制誡をあらわす。親鸞それに「僧綽空」と署名。
1205 元久2 33 親鸞、『選択本願念仏集』を書写し、源空の真影を図画。また夢告により「綽空」の名を「善信」と改める。
1206 建永1 34   興福寺衆徒、念仏停止を訴える。
1207 承元1 35   専修念仏停止の院宣くだる。源空とその門弟処罰される。
親鸞、越後へ遠流。
  源空、土佐へ流罪、西意・性願・住蓮・安楽、死罪。
1211 建暦1 39 親鸞、流罪を許される。
  源空、流罪を許されて入京、東山大谷に住す。
1212 建暦2 40   源空歿。(80歳)
  高弁、『摧邪輪』を著わし、『選択本願念仏集』を批判。
1213 建暦3 41   高弁、『摧邪輪荘厳記』を著わす。
1214 建保2 42 親鸞、「さぬき」で三部経千部読誦を発願、やがて中止。常陸へ行く。
1221 承久3 49   承久の乱。幕府、後鳥羽上皇を隠岐へ配流。
聖覚、『唯信鈔』を著わす。
1224 元仁1 52 親鸞、当年を末法に入って683年と『教行信証』に記す。(『教行信証』草稿本完成説あり。)
  延暦寺衆徒の奏請により専修念仏禁止される。
覚信尼誕生。
1227 嘉禄3 55   道元、『普勧坐禅儀』を著わす。
  延暦寺の訴えにより、専修念仏禁止される。隆寛ら流罪。
1228 安貞2 56   弁長、『末代念仏授手印』著。
1230 寛喜2 58 親鸞、『唯信鈔』を書写。
1231 寛喜3 59 親鸞発熱、病床で『大経』を読み、建保2年の「三部経読誦」の反省を恵信尼に告げる。
1234 天福2 62   幕府、専修念仏禁止。
1235 文暦2 63 親鸞、『平仮名唯信鈔』を書写。
嘉禎1 如信誕生。
1238 暦仁1 66   『正法眼蔵随聞記』成る。
1239 延応1 67   『選択集』刊行。
1241 仁治2 69 親鸞、『唯信鈔』を書写。
1245 寛元3 73   『安楽集』刊行。
1246 寛元4 74 親鸞、『唯信鈔』『自力他力事』を書写。
1247 寛元5 75 尊蓮、『教行信証』を書写。
1248 宝治2 76 親鸞、『浄土和讃』『高僧和讃』を作る。
1250 建長2 78 親鸞、『唯信鈔文意』を著わす。
1251 建長3 79 親鸞、書状により常陸の「有念無念」の論争を制止。(p600)
1252 建長4 80 親鸞、書状により関東の「造悪無碍」の風儀を制止。((p600)p560)
親鸞、『浄土文類聚鈔』を撰述す。
1253 建長5 81   日蓮、法華宗を唱える。
1254 建長6 82 親鸞、『唯信鈔』を書写。
親鸞、『後世物語聞書』を書写。
1255 建長7 83 親鸞、『一念多念分別事』『自力他力事』を書写。
親鸞、『尊号真像銘文』(略本)を著わす。
専信、『教行信証』を書写。(専修寺本)
親鸞、『浄土三経往生文類』(略本)を撰述す。
親鸞、『愚禿鈔』を書く。
親鸞、笠間の念仏者の疑問に答え、自力他力について教示。(p594)
親鸞、『皇太子聖徳奉讃』を作る。
親鸞、火災にあう。
朝円、親鸞の絵像(安城御影)を画く。
1256 建長8 84 親鸞、『入出二門偈』を著わす。
親鸞、『唯信鈔文意』を転写。
親鸞、『四十八誓願』を著わす。『念仏者疑問』を転写。
親鸞、善鸞を義絶する。
親鸞、『浄土論註』に加点。
康元1 親鸞、『西方指南抄』を書写。
親鸞、六字・八字・十字名号(本尊)を書く。
親鸞、『往相回向還相回向文類』を著わす。
1257 康元2 85 親鸞、『西方指南抄』を書写・校合。
親鸞、『唯信鈔文意』を転写して顕智・信証に与える。
親鸞、夢に「弥陀の本願信ずべし」の文を感得。(p500)
覚信、『西方指南抄』を書写。
親鸞、『一念多念文意』を著わす。
親鸞、『大日本国粟散王聖徳太子奉讃』を作る。
親鸞、『浄土三経往生文類』(広本)を転写。
正嘉1 親鸞、『如来二種回向文』を転写。
親鸞、『上宮太子御記』を著わす。
親鸞、『浄土文類聚鈔』を転写。
親鸞、『一念多念文意』を転写。
親鸞、性信・真仏に「信心の行者は諸仏と等し」と教示。p591
1258 正嘉2 86 親鸞、『尊号真像銘文』(広本)を著わす。
親鸞、『三部経大意』を書写。
親鸞、『正像末和讃』を補訂。
1259 正元1 87 親鸞、『選択本願念仏集』(延書)を書写。
1260 文応1 88 親鸞、『浄土三経往生文類』(広本)を転写。
『弥陀如来名号徳』成る。
  日蓮、『立正安国論』を著わす。
1262 弘長2 90 親鸞、押小路南・万里小路東の住居で病臥、入滅。
西暦 和暦 親鸞滅後 事項
1263 弘長3 2 恵信尼、覚信尼宛消息を書く。恵信尼消息この前後に書かれる。)
1268 文永5 7 恵信尼この頃歿。
1270 文永7 9 覚如(宗昭)誕生。
1272 文永9 11 大谷の親鸞の墓を吉水の北に移し、堂を建て親鸞の影像を安置。
  日蓮、『開目鈔』を著わす。
1275 文永12 14 『教行信証』書写される。(西本願寺本)
  『和語燈録』成る。
1277 建治3 16 覚信尼、親鸞門弟に廟堂敷地譲状を書く。
1282 弘安5 21 覚如、延暦寺宗澄の門に入る。
1283 弘安6 22 覚信尼、東国門徒に書状を書き、廟堂留守職を覚恵に譲ることを告げ、後事を依頼する。
1286 弘安9 25 覚如、一乗院で出家受戒。行覚に学ぶ。
1287 弘安10 26 覚如、上洛の如信に法義を学ぶ。
1288 正応1 27 河和田の唯円上洛。覚如、法義を学ぶ。『歎異抄』、この前後に成るか。)
1289 正応2 28 覚如、『愚禿鈔』を書写。
1290 正応3 29 覚恵・覚如、東国に下向。親鸞の遺跡を巡拝し、善鸞・如信にあう。
存覚(光玄)誕生。
顕智、『浄土和讃』『正像末和讃』を書写。
1291 正応4 30 性海、『教行信証』開板。
1293 永仁1 32 顕智、『愚禿鈔』を書写。
1294 永仁2 33 覚如、『報恩講私記』を著わす。
1295 永仁3 34 覚如、『親鸞伝絵』(初稿)を著わす。
同本を転写。
1299 正安1 38   聖戒、『一遍上人絵詞』を著わす。
1300 正安2 39 如信、常陸金沢で歿。(66歳)
1301 正安3 40 覚如、『拾遺古徳伝』を著わす。
1302 正安4 41 覚恵、廟堂留守職を覚如に譲ることを東国門徒に告げ、後事を依頼する。
1303 嘉元1 42 存覚、東大寺で出家受戒。
1306 嘉元4 45 唯善、覚恵に大谷廟堂の鍵の譲与を強要。覚恵、大谷を退去。
1307 徳治2 46 覚恵歿。
1309 延慶2 48 『浄土文類聚鈔』(光延寺本)書写される。
唯善、大谷の管領をめぐる訴に敗れ、親鸞の影像・遺骨をもって、鎌倉常葉に退去。
青蓮院、親鸞門徒に大谷影堂復旧を指令。
覚如、留守職就任の前提として、門徒に懇望状十二箇条を書く。
1310 延慶3 49 覚如、留守職相承券文・懇望状を門徒に提示し、留守職に就任。
1311 応長1 50   凝然、『浄土法門源流章』を著わす。
1314 正和3 53 覚如、存覚に大谷の管領を譲る。
1317 文保1 56 存覚、『観無量寿経集註』・『阿弥陀経集註』を書写。
1320 元応2 59 存覚、覚如の指示により、了源を指導、聖教数十帖を与える。
1222 元亨2 61 存覚、覚如の勘気をうけ、大谷を退去。
1324 元亨4 63 存覚、『浄土真要鈔』・『諸神本懐集』・『持名鈔』を著わし、了源に付与。
存覚、『教行信証』を書写。
延暦寺妙香院、覚如の廟堂留守職継承を認め、存覚の就任を斥ける。
存覚、『破邪顕正鈔』を著わす。
存覚、『女人往生聞書』を著わす。
1326 嘉暦1 65 覚如、『執持鈔』を著わす。
1328 嘉暦3 67 『教行信証大意』成る(存覚)
1330 元徳2 69 了源、山科興正寺を渋谷に移建し、仏光寺と改称する。
1331 元弘1 70 覚如、『口伝鈔』を著わす。
1333 正慶2 72 従覚、『末燈鈔』編。
  鎌倉幕府滅亡。
1334 建武1 73 青蓮院、留守職を安堵。存覚の留守職就任を斥ける。
1336 建武3 75   南北朝対立。
1337 建武4 76 覚如、『本願鈔』を著わす。
存覚、備後において、『顕名鈔』を著わす。
覚如、『改邪鈔』を著わす。
1338 建武5 77 『浄土真要鈔』(浅野氏旧蔵、谷大本)書写される。
存覚、法華宗と対論。『決智鈔』・『法華問答』・『報恩記』・『至道抄』・『選択註解抄』を著わす。
  足利尊氏、征夷大将軍となる。
暦応1 覚如、存覚の義絶をとく。
乗専、『安心決定鈔』を書写。
1340 暦応3 79 覚如、『願々鈔』を著わす。
存覚、『愚禿鈔』を書写。
1341 暦応4 80 覚如、『愚禿鈔』を書写。
乗専、『選択集』を親鸞加点本により延書する。
覚如、『教行信証』を書写。
1342 康永1 81 存覚、『愚禿鈔』を書写。
覚如、存覚を再び義絶。
  幕府、五山十刹の制を定める。
1343 康永2 82 覚如、『最要鈔』を著わす。
存覚、『教行信証』を延書する。
『親鸞伝絵』(康永本)成る。
1344 康永3 83 覚如、『口伝鈔』を転写。
1345 貞和1 84 従覚、『改邪鈔』を書写。
1346 貞和2 85 源覚、『教行信証』(延書)を書写。
『親鸞伝絵』(弘願本)成る。
1347 貞和3 86 存覚、『観無量寿経』を書写。
『安心決定鈔』書写される。
1348 貞和4 87 存覚、『大無量寿経』を書写。
1349 貞和5 88 定専、『後世語聞書』を書写。
1350 観応1 89 覚如、存覚の義絶をとく。
1351 観応2 90 覚如歿。(82歳)
従覚、『慕帰絵詞』編。
存覚、『大経』『観経』『小経』を書写・加点。
1352 文和1 91 乗専、『最須敬重絵詞』編。
1356 延文1 95 存覚、『浄土見聞集』を著わす。
1358 延文3 97 存覚、『末法燈明記』を書写・加点。
1359 延文4 98 存覚、『歎徳文』を著わす。
1360 延文5 99 存覚、『教行信証六要鈔』を著わす。
1362 康安2 101 存覚、『浄典目録』編。
1364 貞治3 103 『三河念仏相承日記』成る。
1366 貞治5 105 存覚、『歎徳文』を補訂。
1373 応安6 112 存覚歿。(84歳)
1389 康応1 128 善如(俊玄)歿。(1333-)
1393 明徳4 132 綽如(時芸)歿。(1350-)
1415 応永22 154 蓮如(兼寿)誕生。
1424 応永31 163 存如、『安心決定鈔』を書写。
1430 永享2 169 本願寺、信濃浄興寺周観に『執持鈔』を下付。
1431 永享3 170 蓮如、青蓮院で剃髪。
1438 永享10 177 蓮如、『浄土真要鈔』を書写。存如、識語を記す。
1439 永享11 178 蓮如、『後世物語聞書』を書写。
1440 永享12 179 巧如(玄康)歿。(1376-)
1441 嘉吉1 180 蓮如、『浄土真要鈔』(略本)を書写。
1446 文安3 185 蓮如、『愚禿鈔』を書写。
1457 康正3 196 存如(円兼)歿。(1396-)
1460 長禄4 199 蓮如、『正信偈大意』を著わす。
1461 寛正2 200 蓮如、はじめて『御文』を書いて門徒を教化。(47歳)
1465 寛正6 204 延暦寺衆徒、大谷本願寺を襲う。
蓮如、近江堅田に移る。
1467 文正2 206 本願寺の親鸞影像を、近江栗本郡安養寺から堅田本福寺へ移す。
応仁1 延暦寺本院、本願寺を赦免し末寺とする。
  応仁の乱おこる。
1468 応仁2 207 堅田本福寺の親鸞影像を、大津の新殿に移す。延暦寺衆徒、近江堅田を攻める。
蓮如、『報恩講私記』を書写。
蓮如、北国・東国の親鸞遺跡を訪ねる。
1471 文明3 210 蓮如、越前吉崎に坊舎を建てる。
1473 文明5 212 蓮如、『正信偈』『三帖和讃』開板。
吉崎坊舎への諸人の出入を禁止。
蓮如、十一ヵ条を示して門徒を制戒。
蓮如、身辺に不幸多く、無常感深まる。(59歳)
1474 文明6 213 吉崎坊舎焼失。
加賀本願寺門徒、富樫政親と組み、専修寺門徒および富樫幸千代の軍と戦う。
1475 文明7 214 加賀の本願寺門徒、富樫政親と争う。
蓮如、門徒に十ヵ条の制戒。
蓮如、吉崎を去り、河内出口に着く。
1477 文明9 216   この年、応仁以来の兵乱一応終わる。
1478 文明10 217 蓮如、河内出口を出て、山科に移る。
1480 文明12 219 山科本願寺御影堂上棟。
1487 長享1 226 加賀一向一揆激化。
1488 長享2 227 加賀本願寺門徒、富樫政親を亡ぼす。
蓮如、加賀門徒の一揆を戒める。
蓮如、幕府より加賀門徒の破門を迫られる。
1489 延徳1 228 蓮如隠居。
1490 延徳2 229 能登で、本願寺門徒、守護攻略を計る。
1497 明応6 236 大坂石山坊舎完成。
1499 明応8 238 蓮如歿。(85歳)